ミュージシャン時代の生活 その3

音楽とはあまり関係無い話になってしまいそうですが。。。

私は生まれも育ちも東京の世田谷で、中学生の頃からバスに乗っては渋谷に一人で出掛けるような子供でした。妹ばかりが3人の兄妹だったので、基本的に家に居る・・・と言うより外に出るタイプだったと思います。

中学生の頃は出掛けると言っても、殆どが楽器屋さんでした。公園通りにパルコがオープンした時なんかは、今でも良く覚えています。

高校生になると、チョットませていたのか夜の街に出る事が多くなりました。
だいたい出掛けるのって学校から帰って着替えてからでした。
高校生のくせに、よく行った街って赤坂・六本木・青山・渋谷あたりでした。
当時のその辺りって、夜は今と違って人通りも少ないし(街のネオンが暗かったのが印象に残っています)、子供が出入りするようなお店もあまり無かったです。
そんな中でも赤坂の“ビブロス”や“ムゲン”とか六本木あたりでは“ケントス”なんかに良く行ったもんです。

ムゲンやビブロスは明らかに大人のディスコって感じでしたが、たまに外国人の生バンドが出ていたりしていたんですよね。売れない大人の芸能人達も、良く見掛けました。
ムゲンに出ていた“タワー・オブ・パワー”の小編成と思われるバンドを見た事があります。
(私の記憶が確かなら、タワー~のメンバーが何人か居たのは間違いありません)

そういう場所って決して踊りに行く訳じゃなくて、なんとなく大人の世界に興味があったんでしょうね。
老けて見えるタイプだったので、補導される事も無く、朝まで街にいました。
赤坂のダンキンドーナツや青山のエンドレスって喫茶店や渋谷のエルシドなんかは良く利用しました。遅くまでやっているお店って限られていましたからね。

ミュージシャンとして生活をするようになってから暫くは、音楽に没頭する生活で遊びで外に出る事ってだいぶ減りました。

それでも20歳を越してからは、やはり夜型人間だったのか結構色々なお店に行くようになりました。
80年代初頭からテクノやニューウェーブ系の音楽が流行りだし、半ばにはその残党や影響を受けたミュージシャン達も数多く現れて、私の回りも気が付くとそういう系のミュージシャンって結構いました。
それぞれのミュージシャンは、アンダーグラウンドではあったと思いますが、東京の先端の音を作ろうと頑張っていたはずです。
そんな彼らのライブを見に行くのって、凄く楽しかったです。
(ひとつだけたまげたライブは、ある有名なパンクバンド出身のボーカリストのライブで、ステージ上で鶏の首をチョン切った事です)

そんな時代に自分で一番変わったのは、ヘアースタイルとファッションでした。
“ロン毛”と言う言葉すら無い時代に、3年掛けてロングヘアーにしました。一番長い時で胸くらいまでありましたね。
かみさんと知り合った当時は、肩くらいの長さでしたがとても評判が悪かったようです。(他の女性からは評判は良かったんですが・・・)
当時の写真を見ると、いいのか悪いのか恥ずかしいだけです。
(そのせいで人よりも髪が薄くなったと今思っています)

色々なイベントもあちこちであったり、いい時代だったと思います。
ラップの超初期の頃の動きなんてのも、肌で感じる事が出来ました。
私が経験して来た音楽とは随分差があったジャンルだと思いますが、当時は目新しい物はなんでも聴きあさっていた時代でした。

そんな時期に良く行ったお店って、霞町の“レッドシューズ”とか芝浦の“インクスティック”やら神宮前にあった“クラブD”なんかでした。
結構有名どころの人もチラホラ見掛ける事が多かったです。

その後、新世代のロックと言うか“ガンズ”を頂点とするロック系のバンドも現れて、“シンデレラ”や“キングダムカム”や“ザック・ワイルド”見たさにオジー・オズボーンまで見に行きました。
どんなに大きなホールでも、一応業界にいたのでかなりいい席(殆どが最前列)で見る事が出来ました。

仕事としての音楽と、自分が好きな音楽と、時代の流れの音楽との色々な音に浸かっていた時期でした。
そのどれもが私にとっては大切な音楽でした。決して流行っているから好き、とかそういう事では無く自分で納得して聴いていた音楽だった事は間違いありません。

そういう夜のお店とは全然別に、自分で一番好きなお店って決まっていました。
当時はまだオープンカフェ自体があまり無い時期で、季節限定で(夏場だけ)表参道の森英恵ビルの1階のオープンカフェでした。
時間は夕方の5時以降が一番のお気に入りでした。
今でも一番好きな時間って、夏の夕方なんですよね。

裏原宿にあるバンブーも好きなお店でした。

東京以外で良く遊びに行ったのは、やはり湘南でした。夏の時期、夜第3京浜に乗って湘南に向かうのって音楽以外の面の私の青春だったかも知れません。
完璧にこれは、現地の友人も多かったのが理由ですが、葉山の“茶屋”とか茅ヶ崎の“リトル・ジョージ”なんかは本当に良く行きました。一時表参道にも“茶屋”の姉妹店がオープンして、結構通いました。
今ではとても懐かしい思い出です。

音楽とはかけ離れた内容ですが、私にも人と成りがあったんですよね・・・。
その時期の思い出は大切にしたいと、この年になっても思います。

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コメント

原宿好きでした

レスポールさん、こんばんは!
私も渋谷、原宿好きでしたよー。実家が品川なので。
森英恵ビルのオープン・カフェ、私も行きました。
原宿は特に好きで、バイトもしてたし、美容院も原宿、ファッションも原宿で最先端?で。。
おしゃれなお店に行くのも大好きでした。
遠い昔の思い出です。なつかしいなぁ。

こんばんは。

コメントありがとうございます。

もしかしたら、一度くらい街ですれ違っていますね・・・?
お互いに、いい時期の想い出は大切な物でかけがえの無いものですね。
私も音楽以外の想い出も音楽と同じ位、大切にしています。

同年代としてこれからもヨロシクです。
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