ミューシシャン時代の生活 その2

バッキングの仕事はほぼ10年やりました。
バッキングの仕事が全盛期、そんな時代に20代の自分がいれた事は運が良かったとしか言えないでしょう。

一口にバッキングミュージシャンの生活と言ってもかなり個人差があったはずです。
当たり前ですよね、同じ会社に勤めている訳じゃないし、やっぱりそこに至るまでの過程も十人十色でしたし、個性的な人が多かったのも事実ですし・・・。

取り敢えず私の知る限りと、私自身を中心としたその時の生活振りを少し書きます。

仕事と言っても、月々一定の収入がある訳では無く基本的にフリーな立場で仕事をしていたので、色々な苦労がありました。私的には仕事として軌道に乗るのは運がいい事に、いい先輩ミュージシャンに巡り合って比較的短い期間で軌道に乗るようになりました。苦労したのは最初の1年くらいでした。
その1年間って結構スケジュール的には埋まらなくて、月に少ない時で10本に満たない時も何度かありました。実家にいたもので何とかやっていけたと思っています。(そんな時期でも多い時は月20本近くの仕事をこなした時もあります)

私は出身が東京だったので、しかも若いうちにデビューしたのでだいぶ先行して仕事につきましたが、やはり苦労していたのは地方出身のミュージシャン達だったと思います。
地方から出てくる事すら大変な事なのに、東京で仕事を確保するのは本当に大変な事だったっと思います。コネ・・・と言うかまず、知り合いが居ないと中々やって行くには大変だったはずです。が、やはり実力さえあればどうにでもなる世界でしたので、時間は掛かってもやはり上手い人は周りがほっておかないのも事実です。

逆に地方からワンクッション、東京の大学の軽音なんかで活躍してそのままプロになるミュージシャンはかなり多くいました。私の周りもこのパターンのミュージシャンが数多くいました。

東京出身だからと言って、それがいいとは限りませんが、当時はやはり情報の差や若い時に経験出来る体験やら少しの差はあったと思います。

私はそんな訳で、運良く音楽以外の仕事はしないでなんとか現役を終わりましたが、周りを見ると若い20代前半くらいまではバイトしながら少ない仕事をこなしているミュージシャンも沢山いた事は事実です。名前は出せませんが、スタジオで有名な某ギタリスト(私よりチョット年上)も渋谷の牛丼屋さんで売れるまではバイトをしていた事は、本人から聞きました。

それでは忙しい時ってどんなパターンなのか、私の一番忙しい時期の話を書きます。(昔のスケジュール帳をひっぱり出しました)

26歳くらいのある一ヶ月(年末です)、大晦日まで休み無しで仕事をした事があります。
その時って結構掛け持ちでライブを受け持っていたので、一番ひどかった移動で、九州で(確か宮崎)ライブを終えて翌朝の一番で羽田に戻り都内でリハを2本やって最終便で札幌に行き、翌日ライブをやり翌朝名古屋に移動してそのままライブ。で、翌日一番の新幹線で都内に戻ってリハをやってそのまま都内で夜ライブ・・・。確かこんな感じでした。

私は超売れっ子・・・では無かったですが、そんな私ですらこんな事もあるので売れていたミュージシャン達の話はもっと凄いです。私の聞いた話では、リハーサルの時間をそのミュージシャンのスケジュールに合わせるなんてのはよく聞いた話ですし、ある売れっ子ドラマーのスケジュールが深夜しか確保出来ず、日付が変わってからのリハに付き合わされた事もあります。
深夜って意外にハイになっていい演奏が出来るんですよね。逆にダメなのって昼過ぎに始まるリハって私はまったりしちゃってエンジンが掛かるのに時間がかかりました。

余談ですが、その月って大晦日に北海道でライブをやって元旦に東京に帰って来たのを覚えています。お正月ムードなんて感じる暇も無かったです。

そんな時って下世話な話ですが、収入はビックリするくらい入って来ました。
しかしフリーの立場・・・。休みが1週間近く続く事もありました。若い時から先輩に言われていた事があります。「人が暇な時に暇なのは当たり前、その時に忙しいかどうかでミュージシャンとしての実力が問われるんだよ。」
その言葉は今でも記憶に残っています。

移動、移動で一番困るのは、ギターや機材を現場に持って行く事です。ギター自体は2本くらいなら自力で持って飛行機にも乗れますが、ラック・アンプ・エフェクターはとても無理なので、先ほどのスケジュールみたいな時はオールレンタル(アンプから小型エフェクターまで全て)でやったのを覚えています。ディレイ3台レンタルで何とかしてディメンションは無し・・なんて時もありました。インターサウンドのプリアンプだけは2Uのラックで常に持ち歩いていたので、少々の事ならナントカやれました。

アコギなんかもとても持ち運び出来ないので、現地に行くPAのトラックに積み込んでもらっていました。ですのでアコギがかぶる時は仕方無しに泣く泣く1本買ったのを覚えています。

私事ですが、当時は全くの独身(早婚してしまい即離婚しました)でしたので、休みの日の食事程困った事はありませんでした。
一人では中々味気ないので、深夜にミュージシャン仲間に電話を掛けては一緒にご飯を食べたもんです。
正直言うと、一般女性とは中々知り合っても超夜型のうえ忙しい時はこんな状態なので、どうしてもミュージシャン系の女性と・・・。
そんな時に偶然の偶然に千葉に住んでいた今のかみさんと知り合いました。

どうにかこうにか自分で意を決してミュージシャンを辞めるまで充実した音楽生活を送れたのは、幸せな事だったと今は本当に思っています。

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