昔はライバルだったギタリスト Part2

前の記事で、昔はライバルだったと思っていたギタリストについて以前書きましたが、もう一人勝手に私がライバル視していたギタリストについて今回は書こうと思います。
前回同様、勝手に私が一方的にライバルだと思っていたので、ご本人には極力迷惑の掛からない事を書こうとは思いますが、勢いで色々と書いてしまうかもしれませんが、ご理解下さい。

彼の名前は窪◯晴◯さんです。私より1年先輩のギタリストで今でもご活躍なされています。セッションギタリストというよりは、バンド系の色のギターを弾くんですが音楽に対する姿勢やら、ギターのトーンには随分と影響を受けました。
彼は結構苦労人で、バイトをしながら”人種熱”ってバンドで注目されたのが私が彼を知った、最初の時期だと思います。
マニアックな路線の好きな方はS-KENさんと言うヴォーカリストをご存知かと思いますが、彼は長い事そのバンドのバンマスとして良いギターを弾いていました。
最初の時期、S-KENバンドはレベッカの小田原豊さんがドラムを叩いていたのですが、レベッカが売れてスケジュール的に厳しくなって、後任のドラマーを私の一番仲の良かったドラマーが叩く事になった時期から一気に私との距離が、近くなった感じです。

ただ彼の凄い所は、その時期に当時バッキング・ミュージシャンの中でもミュージシャンの質の高い事で定評のあった、ユーミンのバンドに加入した事でした。
ユーミンバンドに入った時期を境に、彼の出すサウンドは素晴らしく変化したと私は思いました。
とにかくクリーンサウンドの良さは脱帽でした・・・モジュレーションの掛かった彼の弾くアルペジオや、やたらと切れのあるカッティングには相当な影響を受けました。
当時、最先端の音だったと思います。私も似た音を出そうと随分と研究したもんです。

彼は個性的な音を追求するタイプのミュージシャンだったと思います。使っていたギターもアリアのアクティブタイプのギターを使い続けていました。
同じサブギターをどうしても欲しかったらしく、色違いの同じモデルをつのだ☆ひろさんのバンドに居た加納さんから譲り受けたとも聞きました。
ちなみに彼のギターを少し借りて弾いた事がありましたが、結構弾きにくかったのが意外でした。

彼のライブは随分と見ました・・・勿論ほとんどがミュージシャンの特権で無料でしたが(笑)。
どのライブでも個性的で自分のスタイルを変えない彼の音に対しての姿勢は、私に一番欠けていた部分だと今考えると思えます。
結局彼の個性のある素晴らしいサウンドはすぐに坂本龍一さんの耳にとまる事になります・・・当然ですよね。
坂本さんのツアーでのプレイは圧巻でしたね・・・凄かった。

一度彼のバッキングの仕事のリハーサルにお邪魔したんですが、リハーサルの進め方・バンドのサウンドに対しての考え方は、本当に参考にさせて貰いました。

彼と偶然、同じスタジオで別々にレコーディングの仕事をしていた時に、ミキシングルームに居た彼が、休憩で煙草を吸いに外に出た私のラックのセッティングに、わざわざスタジオ内に入ってきて暫く覗き込んでいた事は、凄く嬉しかった覚えがあります。
その後、少し話してセッティングについてお互いに話した事は凄く良い思い出として残っています。

その後は彼のリーダーバンドであるパール兄◯での活躍は私の中でも凄く嬉しかったんですが、残念な事に解散してしまう事になってしまいましたが、最近そのバンドのドラマーだった友人に聞いた所、再結成ライブをやった事を聞いて見に行けなかったのが残念でした。

私個人が彼のベスト・セッションだと思うのは、矢野顕子さんのこの曲です。
地味な感じですが、ギターは凄くいいですね。


勝手にライバル視していた自分が情けないと思う素晴らしいの一言です。

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コメント

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鍵コメさん

コメント頂いてありがとうございます。
私の記憶では、大村憲司さんとツインで弾いていたと聞いています。
ライブでは彼が一人でやったのを見ていたので、そう勘違いしているのかもしれませんが、あのアルバムが出てあの曲の音を聴いて我々の仲間の中では、”凄いよね~”って話した記憶もあるので彼が参加していたのは確実だと思います。
間違っていたらスミマセン。

また是非コメントをよろしくお願いします。

EPOのライブ

87年頃、EPOのライブへ行くと、バックバンドでギターを弾いていて、
カッティングの切れや、エフェクターの音色に、感心した覚えがあります。

アンコールで涙ぐむEPOを、からかうように、写真を撮る真似をして、
コーラスの女の子に、引っぱたかれていたのが、すごく印象的でした。

当時のEPOのアルバムにも、大村憲司、鳥山雄司と共に参加していて、
スタジオミュージシャンもしているのかと思い、パール兄弟は音楽的に、
自分の好みでないので、誰かとインストでもやらないかと、思ってました。

松原正樹、今剛に続き、松下誠が、スタジオの大御所となってしまうと、
バンド出身の人たちに、スタジオの仕事が、回ってくるようになったのか、
是永巧一とか、法田勇虫らも、脚光を浴びる時代だったように感じます。

ギターマジシャンさん

まさしく私が彼のリハにお邪魔したのが、EPOのリハーサルでした。
彼がバンマスでEPOバンドをメンバーを一新した時のリハでした。その時の面子が仲の良かったミュージシャンが多かったのでお邪魔した次第でした。
その時の面子は、その後のパール兄◯のドラマーとか、後に麻木久仁子さんとご結婚され、踊る大捜査線の音楽担当で一気にブレイクしたキーボードの松本さん(ジャズのテナー・サックスの大御所松本英彦さんの甥子さんです)。もう一人のキーボードの柴田君も今やかなりいいセッションで活躍していますね。

リハの進行も窪田君が、ここの感じはニューオリンズ系のノリで行こうとか・・・面白い進行の仕方で凄く面白かったのを覚えています。ベースはS-KENバンドのベーシストでした。
そのバンドの初ライブが新宿の厚生年金であって見にも行きました。

個人的にEPOは結構好きで聞いていたんですよね。JOEPOってアルバムは限定発売でしたが、彼女の名盤だと私は思っています。

No title

たしか近田春夫さん関係でギターを弾いていた気がします。凄いドンシャリでクリアーなギターサウンドですね。コーラスの掛かりとか逆に時代を感じます(笑)シンセチック(合成的)と云うか日本独自のギターサウンドですよね。まだマイケル・ランドーやルカサーのがギターのアンプから来る音が残ってる気がするんですね。
全くの余談ですが、昨日ローリング・ストーンズを見に行ったらゲストで布袋氏が出て来ました。彼は嫁さんが僕のかつてのアイドルだった今井美樹だし、僕の夢を尽く掴んでる人だな~なんて思っちゃいました(大爆)共通点は背が高い、テレキャスター(タイプ)を弾くだけでライバル視なんて全くありませんが、、あっとこれは単に妬みでした(大爆)

酔いどれギターさん

コメントありがとうございます。

確かに近田春夫さんの近辺で活躍していました。最初は近田さんが気に入って業界に引っ張り込んだはずです。
確かに彼の出す音はその当時の最先端の音で、中々真似できなかった音でした。ただレコーディングの音はそんな感じなんですが、リハとかはツインリバーブ一台で全然ロック系の音で弾いていて面白いなと思いました。
当時は布袋君と窪田君の勢いが同じ位の感じなんですが(私の中では)、今や布袋君はストーンズのステージで弾くほどの日本を代表するギタリストになってしまいましたね。
一度布袋君のレコーディングの様子を見た事がありましたが、結構フレーズの出だしにこだわって何パターンか弾き分けていたのが印象的でした。