最近気に入ったキーボード

PCを自作するようになると、全てのパーツを自分でチョイスしなくてはなりません。
1台目がノートで2台目はバリュースターだったのでキーボードは当然のように、付属のキーボード以外を使うことはしませんでした。それは別に何の不都合もなく過ごしていましたし、長文を打つのも精々、このブログを書く程度だったのでキーボードには不満を持った事のありませんでした。ところが3台目となるBTOパソコンの時に付属してきたキーボードが、なんとも頼りないキーボード困りました。しばらくは使っていましたが、早速キーボードをリサーチし始めました。

それこそキーボード・マウスの入力関係の種類はそれこそ星の数ほどあって、好みで選ぼうにも取り敢えず買って使ってから良し悪しを決めるしかありませんでした。キーボードに関してそれまでは何の拘りもなく使っていたので、キーボードの事は有線か無線の違いくらいしか認識していませんでした。
分かってくると、日本語キーボードに英語キーボードの違いとか、パンタグラフとメンブレンの違いの他に、キーストロークやキーピッチ更にはアイソレーション・タイプやゲーミング・キーボード迄登場していました。
それぞれの特徴を使う側の好みでチョイスする事が、キーボード選びの基本だと理解しました。

まずは人気どころを買ってある程度使って不満点があれば、別のを探すと言うやり方でトータル8台ほど買ってしまいました。その中で今なんとか使っているキーボードはこちらです。

エレコム製のTK-FDP012BKです。

キーボード-3

クリスタル・デザインが売りで光沢のある塗装なんですが、とにかくホコリが気になって仕方ありません。キーボード自体はパンタグラフ式で打ちやすいんですが、キートップが若干角張っていて指が当たる感じが気になるのと、ストロークが少し重い感じです。しばらくは使っていましたが、今は予備で持っている状態です。

つい最近まで気に入って使っていた、同じエレコム製のTK-FDP055BKです。

キーボード-1

このキーボードはテンキー部分がタッチパッドになっいて、Window8 の画面上のタッチ・ジェスチャーをテンキーで操作出来るのがウリなですが、残念ながら私は7のままなので、あまりメリットが無いんですがキータッチが凄くいいので結構気に入っていました。
1度はWindow8へのアップグレードはしたんですが、OSとしてWindow7を改悪してしまった事でデスクトップPCでは使難いと思います。なので元に戻しました。このキーボードは今はメイン機でない方で使っています。

タブレット端末とススマホ用にブルートゥース・キーボードを探して買ったのがバッファロー製のBSKBB06WHです。

キーボード-2

Andoroidでは上手く認識しませんが、iPad mini では何とか使えています。テンキーレスでキーピッチも狭く、コンパクトなキーボードで重宝しています。それ以上の機能を求めるのは酷なくらいコストパフォーマンスの高い製品ですね。

そして、今一番気に入っているキーボードがマイクロソフト製のBluetooth Mobile Keyboard 5000 と長い製品名のこちらです。

キーボード-4

行きつけのPCショップで破格値でワゴン売りで山積みになっていて、この価格ならブルートゥースだし、買っても損はないかなと考えて取り敢えずで購入しました。
形が形だけに、使う前は恐らく使いづらいかなと思っていたんですが、とにかく使いやすいですね。この変な形状はタイピング時の手首への負担がほとんんどありません。慣れるとタイプミスも少ないように感じます。一番いいのはキーストロークで、キーの物理的に戻る感じが指先に良い具合に伝わります。ギターでネックの感触が良いと振動が握った手の平に伝わる感じに近いと思います。このキーボードは直ぐに予備用としてもう1台購入しました。

画面上のテンキーは本当は要らないんですが、PCの立ち上がり直後にBIOS画面へ移動する際にブルートゥース方式だと通信回線確保の前になるので、Deleteキーが反応しません。
結果、有線タイプのテンキーを使ってBIOS画面へ移動する事になりましたが、テンキーが右にある配置は思ったより使い勝手が良いので、しばらくはこの組み合わせで使って行く予定です。

キーボードは選択の際に使い方ががどうなのかで、選ぶ機種が大きく変わるパーツだと思います。
結果的に個性の出てしまうパーツだと思います。

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Winter Family Part 5

ウインター・ファミリー関連も残すところダン・ハートマンだけになりました。ファミリーの中で残念ながら存命してないのは彼だけです。確か40代にさぁこれから・・・と言う時に突然の死だったのが非常に残念で仕方ありません。
下の画像が若い時期のダン・ハートマンです。

ブログ-2

随分と奇抜なベースですが、よく見るとジャンプ・スーツと一体になっていて、明らかに撮影用ですが何だか嬉しそうな表情はダン・ハートマンそのものです。
後に河合楽器の出したギター『ムーンサルト』の原型の気もしないでも・・・。

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ダン・ハートマンはベース・ヴォーカル・ソングライターとしてエドガーのバンドに長期に在籍してエドガーを随分とバックアップしていました。彼の持つポップなセンスはリック・デリンジャーの加入が合って、本当に開花したと思います。
プロデュース感覚に優れたデリンジャーが、ダン・ハートマンのいい部分を見事に引き出したと思います。
そして、エドガー・ウインターとダン・ハートマンのバンドに、リック・デリンジャーが参加してからは、素晴らしいアルバムと数々の名曲を残しました。
やはり ”恐怖のショック・トリートメント”がその最たる作品であることは、世間的に周知の事実だと思います。

ウインター・ファミリー自体はジョニー・ウインターとエドガー・ウインターの基本的な音楽的ベースがズレはじめた頃から、自然消滅してしまいファミリーと呼ばれたミュージシャンはそれぞれの別々の活動を始めます。
勿論、個々がネームバリューのあるミュージシャンですから、非常にクオリティーの高い音楽活動をしていた訳です。
しかし、ダン・ハートマンはソロアルバムをリリースをしましたが、さほどの評価はされませんでした。私もその後の活動の詳細はよく知りませんでした。
そして、ソングライターとして花開いたのは84年公開の映画ストリート・オブ・ファイヤーへの楽曲提供でしょう。それまでもスマッシュ・ヒットは出していましたが、この曲は映画のヒットと共に曲の方も全米Top40でいい線行ったようです。



此処まではウインターファミリーの中では成功した方であったはずです。
しかし本当に残念な事に彼はエイズによって短い人生に幕を下ろしてしまいます。彼が持っていた音楽的センスや音楽性を考えると、本当に残念です。
いつの日かエドガー・ウインター・バンドが再結成される事を、夢見ていた私は悲しくて仕方がないです。


Winter Family Part 4

ロニー・モントローズはウインター・ファミリーにいた期間は、そんなに長くはありません。リック・デリンジャーと交代して、独自の路線を進んで作ったバンドが自らの名前をそのままバンド名にした "モントローズ" です。

MONTROSE01.jpg

私が最初に聴いたアルバムが "Paper Money" でした。直訳ですと"紙幣"ですが、おそらくスラングか何かの意味はあったんでしょう。
このアルバムも歴史的名盤だと断言出来ます。ウエストコーストの名プロデューサーのテッド・テンプルマンをもってしても1枚目のアルバムが予想外にセールスが伸びず、このアルバムに相当の力を入れた感じがします。その気合のアルバムのオープニングがこの曲 "Undergraund" です。



もうこの1曲が全てですね。
イントロから、これこそロックのドライブ感のお手本というノリでバンドも全開ですね。ギターのフェイズを掛けたリフは、何度トライしても未だに雰囲気が全然出ません。
この音とグルーブは私の中でのウエストコースト・ロックの音そのものです。同じテッド・テンプルマンがプロデュースしたドゥービーの曲もギターのリフが有名な曲が多いですが、ロックに少しファンキーな味付をした感じですが、モントローズのそれは100%ロック・バンドのリフです。
サビの歌メロの後ろで聞こえる、伸びやかなギターの音は正にレスポール・サウンドですね。その後ボストンのトム・シュルツのギターサウンドに受け継がれた音ですね。

モントローズは画像の通り、この時期はおそらく60年製か後期の59年製のレスポールのサンバーストでほとんどの曲を弾いています。特にこのアルバムは全編レスポールだけで弾いていると思います。
シングルコイル系の音は一度も聞こえませんね。とにかくこのレスポールの音が飛び抜けています。アンプはマーシャルだと思いますが、ウェストコーストならではの気候のせいか、相性がいいのか特別いい音していますね。もちろん腕が良いのが大きいんですが・・・。
私も経験有りますが、ロスでギターを選んでも日本に持ち帰ると『あれっ?』て感じは本当にありますね。アンプの電圧が違うにしても、全然鳴りが違います。

このアルバムでシングルカットされて、ヒットしたのがこの曲です。



"I Got The Fire" です。B'zの松本氏がソロアルバムでカバーでしていましたが、そんなに良い出来ではなかった記憶があります(1度しか聴いていないのですみません)。

余談ですが、今は残念な事に亡くなりになったセーラさんも本当に懐かしいですね。若い時に何度かお目にかかった経験がありますが、桁違いに美人の方でした。ご冥福をお祈りします。

曲の方は、ギターアレンジが完璧ですね。ACDに行く進行でルートは開放Aのままってのは、その後のフュージョンでもパクられる進行でしたね。
この曲のサミー・ヘイガーは若かった事もありますが、相当ロバート・プラントを意識していたでしょうね。何度もダブって見えてしまうのは私だけでしょうか?
確かにモントローズはバンド自体もツェッペリンをかなり想定して、音作りしていたのは随所で伺えます。
この曲のギターソロのアプローチは "Rock'nRoll" に似ていますし。アルバム2曲目のストーンズのカバーの "Connection" も冒頭のアコースティック・ギターとヴォーカルの絡みは、正にツェッペリンの雰囲気でした。

それでも、やはりウエストコースト・ロックなんですよね。からっとしたギターの歪・ドライブする歪んだベース・大きめのバスドラに低めのチューニングのドラム・そして何よりもシャウトするサミー・ヘイガーのヴォーカルでこそ、ウエストコーストって音なんですよね。

このアルバムはセールス的に成功したんですが、このアルバムで何故かテッド・テンプルマンもプロディースを降りてしまい、サミー・ヘイガーも簡単に脱退してしまいます。
その後、予定通りの感じでサミー・ヘイガーがテッド・テンプルマンのプロデュースしたバンドで一番勢いのあった時期の、ヴァン・ヘイレンへ加入した時に、脱退した理由が何となく理解出来ました。その後のヴァン・ヘイレンはNo.1バンドへ・・・。
当然、2人の抜けたモントローズの次回作は全然良くなくて、バンドは結局4枚のアルバムで解散してしまいましたが、今でも根強いファンがいる素晴らしいバンドです。
その後モントローズ本人はガンマを結成しますが全然売れませんでした、ウインター・ファミリーとも、共演はしていなかったと思います。



近年の映像ですが、エドガー・ウィンターが何だか恥ずかしそうにロニー・モントローズを紹介して、代わりにロニーが一生懸命にトークするあたり胸が熱くなりました。ミュージシャン同士の絆って本当に素晴らしと思います。エドガーの冒頭のセリフがそう思わせてくれました。
頑張ってエドガーがカウントを出したのに、アンプがオフだったのか、シールドが抜けていたのか音が出ないのはオマケです。。。

Sunshine

"Sunshine"・・・書く事は、ほとんどない位に有名な曲です。
私が初めて買ったのは中学生でした。今ではブラック・ミュージックと言うジャンルが存在しますが、当時はR&BかSoul Musicのどちらかに振り分けられていたと思います。
私が当時読んでいた音楽誌はヤング・メイツ・ミュージック (後のプレイヤー・マガジン)と、ヤマハから出ていたライト・ミュージック、通称L.Mでした。
L.Mにスティービーの "Sunshine" のE.ピアノ譜が載っていて、近所の商店街のレコード店でシングル盤を買ったんですよね。オリジナル・トラックはこれです。



当時はまだ全然、この曲を理解出来ませんでした。ただイントロのCmaj7とG7augのバンプの部分が凄く印象的なのと、サビまでの雰囲気が凄く好きで、ただそれだけで聴いていた感じです。
高校へ入る頃に、この曲はスティービーの歌い出しは3人目だと知ってビックリしました。それまでは歌い出しがスティービーで一回女性ボーカルが入る構成だと思い込んでいました。結構衝撃でした。しかし、シングル・リリースされる曲の歌い出しを3人目に持って来る発想は、おそらく過去に例がないと思います。しかも、最初の男性ヴォーカルのマイク乗りの悪い声でよくO.Kを出したと思います。

後は前出のイントロ部分のフェンダー・ローズの音の良さを最大限生かした、シンプル極まりないイントロの素晴らしさは、スティービーならではでしょう。音に対してのこだわり方が尋常ではないんでしょうね。その後リチャード・ティーが弾くローズの音が出るまでは、この曲の音がローズの音として認知されていましたね。
奇跡的に同じアルバムに収録された "迷信" のクラビの音は未だにクラビの音はこれと言われていますよね。
それとこの曲はやはり、スコット・エドワーズ の弾くベースでしょうね。このシンプルな進行で構成されたコードに、ハーモッニクなベースラインが絶妙ですね。彼の弾くベースは本当に素晴らしいので、いつもベースラインばかり聴いてしまいます。ずっとレコーディングは当時の売れっ子ジェームス・ジェマーソンだとばかり思い込んでいました。

レコーディングの様子は詳しく分かりませんが、スティービーはひらめいた瞬間にミュージシャンと同時に音を出すらしく、当時やたらと流行っていたヘッドアレンジをしていたと思います。
その時の発想がそのまま、歌い出しの件になるんだと思います。ただ、リズムトラックは先に出来上がっていた事も考えられますが、前半のリズムの落ち着き方が、最後は違う曲と思えるほどの盛り上がりをしている事も考えると、ヘッドアレンジで固めてそのままレコーディングしてしまった可能性も否定出来ません。
いずれにせよ、歌も曲も凄いんですが、その歌を支えるミュージシャンの演奏能力とそのレベルの高さに驚くしかないです。

それを踏まえて90年代のライブ映像です。とにかくベースです。



ベースは長年スティービーのサポートをしているネイザン・ワッツです。
まぁ、とにかくここまで歌うベースを弾かれたらたまんないですね。歌い出しのヴォーカルのキース・ジョンと共に、近年のライブでもサポートしていますよね。
エンディングはライブアレンジされていて、よくある短三度進行を使っていますが、複雑なシンコペーションで意外と難しいし、かっこいいです。

この曲は今でも新鮮な気持ちで聴けます。もう何万回も聴いていますが全然飽きないですね。
いつもリピートして聴いてしまいます。
この曲を出した当時、スティービーは21か22才のはずです。音楽界全体が納得の出来る曲を、その年令で世に出してしまうんですから、やはり天才は違います。

Winter Family Part 3

エドガー・ウィンターはお兄さんのジョニーを聴き始めて、少しタイムラグがあってから聴きましした。リアルタイムで聴き始めた最初のアルバムが世間的に一番評価の高い、”恐怖のショック療法”と言う凄い邦題の”Shock Treatment”です。

Shock Treatment

画像は裏ジャケットですが、このアルバムの売りはリック・デリンジャーの参加でした。それまでのアルバムが比較的暗いイメージの雰囲気でしたが、このアルバムを境に明るくポップなムードを打ち出して来ました。しかしロック・バンドのジャケットとは思えない出来ですよね。

良くも悪くもエドガー・ウィンターはどうしてもお兄さんのイメージと、ダブってしまうのかちょっと音楽的には誤解されがちです。ジョニーは完全ブルース志向な訳ですが、エドガーの方は本当に幅広い音楽性を兼ね備えたミュージシャンです。
私の中ではサックスプレイヤーがキーボードを兼任しているイメージのミュージシャンですね。
確かにキーボードよりテナーサックスでのプレイの方が、印象的ですし、実際サックスの方が上手いです。まぁマルチプレイヤー型のミュージシャンなんでしょうね。

このアルバムは本当に全曲が素晴らしいの一言でしょう。
その中でも個人的にNo.1はこの曲 "Miracle Of Love"です。



今聴いても全然古臭くないし、むしろ今時の曲よりメロディーセンスは良いのではないかと思います。この曲をカバーするミュージシャンがいないのが不思議です。
完璧なアレンジの上でやはりエドガーのヴォーカルはやはりいいですね~。この人はどちらかと言えばシャウトしたりよりは、この系統のポップなヴォーカルが一番良いと思います。
アルバムでこの前の曲 "Sundown" からメドレーの様な繋がりがとても良いです。とにかくこのアルバムでは、エドガー以外のメンバーの功績も凄く大きいでしょう。
B面トップの "Rock'n Roll Woman"はダン・ハートマンの作・ヴォーカルですが、サミー・ヘイガーが歌っていたら、全米チャートの上位は確実だった曲です。
やはり、名盤に名曲は集中していますね。曲数が多い割に、駄作の無い本当に傑作アルバムです。

そして、次に出たアルバムが ”ジャスミン ナイト ドリームス” でした。
エドガーのアルバムでは珍しくまともなタイトルのアルバムでしたが、セールス面では良くなかったアルバムでした。そうは思いたくないのですが、兄弟で作ったレーベルでの作品だったと思います。そのためジョニーが参加して、リック・デリンジャーとギターバトルっぽい事(1曲だけですが)をしていたアルバムで、エドガーの良い部分が少し薄まっている感じです。
そんな中、このアルバムに私の一番好きなこの曲 "Tell me in a whisper " が入っています。



イントロからエドガーのメロウなテナーが炸裂の名曲でしょう。とにかく曲の美しさは特筆すべきです。エドガーならではヴォーカルが最もマッチした曲です。どうしてヒットしないのか不思議な思いで、聴いていました。ジェームス・ジェマーソンばりのベースラインも素晴らしです。
何と言っても最後にサビの転調の連続は中々凄いアレンジです。

次が前作のイメージを元に戻そうとして気合をいれて、空回りした感のある邦題 "謎の飛行物体"
です。個人的にはあまり印象は良くないアルバムです。
前々作が良すぎたのか、理由はよく分かりませんがパッとしない印象しか無いアルバムでしたが、そこはエドガーの音楽性でカバーしていました。この曲です "Diamond Eyes "



スタイリスティクスを思わせるファルセットのコーラスが印象深いです。彼の持つバラードのセンスは好きですね。ロニー・モントローズがいた最後のアルバムの中の "Autumn" に匹敵するバラードの佳曲でしょう。

とにかくエドガー・ウィンターはアルバムタイトルや曲名にやたらとおどろおどろしくいタイトルが多くて、絶対に損をしています。
ジョニー・ウインターの弟と言う事でデビューしてから、兄ジョニーのイメージがついて回っている感じでした。ジョニーはギター一本のブルースマンですが、エドガーは多彩な才能を持つミュージシャンでした。
中々交わらない音楽性なのに、同一で見られていた時期は大変だったと思います。
個人的にはサックス・プレーヤーとして、何か良いアルバムを残してくれたら最高です。

Winter Family Part 2

順番的にジョニー・ウインターの次はエドガー・ウインターに行くのが普通でしょうが、リック・デリンジャーの影響や役割の大きさから考えてリック・デリンジャーに関連したファミリーの事を先にします。

リック・デリンジャーはやはりこのアルバムのインパクトが凄かったです。

RickDerringer01.jpg

"All American Boy"ですが、考えたら凄いタイトルですよね。直訳で「全米男子」って感じですかね。金髪サラサラのヘアースタイルに銀のジャケット姿は凄いですよね。昔このまんまのスタイルで弾いていた映像を見たことがあります。凄かったのは手袋もそのままで "R&R,Hoochie Koo"を弾いていました。マッチングヘッドのストラトを初めて知ったのもこのジャケットでした。

アルバムを通して聴くと分かりますが、まず歌が歌えて、リズムも良いし、耳も良さそうだし、ギターのレベルはかなりの高さだと思いますが、イマイチ個性と言うか、インパクトに欠ける感じは器用なギタリストであるがゆえの宿命みたいなもんでしょうか。ジョー・ウォルシュの参加も何だかインパクトありました。トーキング・モジュレーターもこの時期に使っていますが、数年後ピーター・フランプトンにお株を奪われて、全米No.1ヒットをされてしまいます。

しかし音楽性の高さはプロディース業には必要ですし、ジョニーもエドガーも彼の持つ音楽センスには一目置いてる感じはします。
エドガーのアルバム "Roadwork"はリック・デリンジャーのロック一辺倒ではない、音楽性の高さが伺えます。ブルース・ブラザースでお馴染みの "I can’t turn you loose" でのプレイは、R&B に対するアプローチ方としては結構カッコいいです。

リック・デリンジャーはマッコイズと言うバンドで10代半ばでアイドル路線でデビューしましたが、やはり音楽的素質があると、廻りは放おって置かないので自然な流れで裏方仕事をしていたんでしょうね。

余談ですが前の記事に書いた評論家の方に聞いた話では、スティーリー・ダンの有名な『リキの電話番号』でタイトルにあるリキとはリック・デリンジャーの事らしいです。後にドナルド・フェイゲンの ”Nightfly” なんかで彼のクレジットを見かけて、不思議な繋がりだと思っていた疑問が解けましたね。
それくらいリック・デリンジャーのスタジオ・ミュージシャンとしての実力そして、交友関係はあったんだと思います。

ジョニー・ウインターとは"And" "And Live" の2枚のアルバムでその後はレコーディングに参加はしていません。音楽性が確かに微妙に違うし、エドガーの方がどう考えてもしっくり来ます。
ロニー・モントローズの後釜としてエドガーのバンドに加入するんですが、エドガー・ウインター、リック・デリンジャー、ダン・ハートマンの3人が揃って出したアルバム "ショック・トリートメント"は傑作でした。
このアルバムから数枚参加しますが、この時期がリック・デリンジャーの最盛期だった感じがします。その後自分名義のバンド、デリンジャーはストレートなロックを狙っていたと思うんですが、時代が派手目のサウンドへシフトして行く時期だったので、途中で路線を変えようとして上手く行かなかった感じです。

その後は表立った活動をしていませんでしたが、シンディー・ローパーのバンドになんとエドガーと一緒に参加して、来日した時は驚きました。ステージでスタインバーガーを持っていて何だか納得しました。実はリック・デリンジャーは身長がちょっと小さいんですよね。白いスタインバーガーがとてもフィットしていていました。
”Time after time”は本当に素晴らしい出来で感動もんでした。

Winter Family Part 1

Winter Family・・・直訳すると”冬の家族”です。居酒屋の名前か、果ては韓流ドラマのタイトルにありそうですが、御大ジョニー・ウインターを頂点として弟のエドガー・ウインター周辺のミュージシャンを70年始めの頃にそう呼んでいました。

Johnny Winter03

何処までがファミリーなのかは定かでは無いし決まりはないですが、私の中でウインター兄弟にNo.3がリック・デリンジャーそしてエドガー・ウインターのバンドにいたロニー・モントローズそしてダン・ハートマンは確定したファミリーだと思います。その後ファミリーを離れた個々の活動の凄さがそれを物語っています。

最初にジョニー・ウインターを聴いたのは中学1年でした。クラスメートのお姉さんが聴いていてお借りしたのが名盤中の名盤 "Johnny Winter And Live" でした。

And Live

N.Yのフィルモア・イーストでのライブですが、とにかくギターの音の良さにたまげました。
時期を同じくしてオールマン・ブラザーズ・バンドの フィルモア・イーストでのライブ盤も歴史的名盤ですが、個人的に甲・乙付けがたいです。

ほとんどエフェクトを使わずに数台のアンプを繋いでボリュームを上げただけの、ナチュラルな歪は今でも”いい音”として刷り込まれています。
リック・デリンジャーも私の知る限りでは50年代のレスポール・サンバーストを使っていると思いますが、ジョニー・ウインターとは一味違う音で特にリアマイクのカッティングの音は素晴らしいです。

ヴァン・ヘイレンがリアマイク1発のギターから、フロントマイクの付いたギターにチェンジした際に、ピックアップの好みを聞かれて『フロントの音はジョニー・ウインターのこのアルバムの音』とオーダーしたと言われた程、このアルバムのギターサウンドは素晴らしです。

当然ですが演奏も素晴らしいです。オープニングのテン・イヤーズ・アフターで有名な "Good Morning Little School Girl" のツイン・ギターのバランスなんていまだに聞き惚れてしまいます。
途中ストーンズのカバーを挟んで、ラストはチャック・ベリーよりもジョニー・ウインターの代名詞になっている感の "Johnny B. Goode" まで本当に聞き所満載でしょう。
"Johnny B. Goode"のギターソロ最後の部分のギター2本でハモりながらの、ドライブ感たるや凄まじいです。
元々ジョニー・ウインターはスピード感溢れるフレーズを得意としていますが、この曲のギターソロは格段に素晴らしい上に、リック・デリンジャーそしてバンドと一体になったドライブ感は彼の他のソロでも中々聴く事が出来ないでしょうね。

リック・デリンジャーはこの前作のアルバムからジョニー・ウインターのプロディースをして、おまけに自らもバンドに加入してしまう辺り、ファミリーを影(表?)から支えていたNo.3であったは間違いないと思います。
ベーシストのランディ・ジョー・ホッブスもリック・デリンジャーと共に前作のスタジオ盤から参加して、その後相当長くジョニー・ウインターのバンドで弾き続けています。彼こそ影のファミリーと呼べますよね。堅実なベースプレイはジョニーウインターの信頼する所なんでしょうね。

このアルバムを聴いていなければ、私はほぼこのファミリーの音楽を聴くのは相当先になっていたはずですし、そんなにのめり込まなかったはずです。
当然ブルースを弾く事も、もっと遅くなっていたでしょうね。やはり、ロックギターはブルースから入った方が格好が着きやすいのかなと思います。

リアルタイムでレコードを買って聴いたのが次のライブ盤 "Captured Live" でした ”And Live”とはガラッとメンバーも入れ替わっていてバンドの音もかなり洗練されていました。
ジョニー・ウインターのツアーの中で出来の良いテイクを集めたアルバムですから、ライブ・アルバムとしての臨場感は完全にこのアルバムが上回っています。

Captured.jpg

アルバム・ジャケットのジョニー・ウインターが全てを物語っているアルバムです。
今でもトレードマーク的なギブソンの白いファイヤーバードが本当に印象的で足元のオレンジのエフェクターは恐らくフェイザーなんですが、比較的年代の若いファイヤーバードのブライトなトーンに、ほぼフェイザーを全編掛けっぱなしの音はガラッと印象が違って聞こえました。
オープニング曲の "マカロニ・ボニー" の音が全てですね。本当に個性的な音で、聞けば直ぐにジョニー・ウインターの音と分かる音で、その後の彼のギターは殆どこの音が基本になっていますね。
このアルバムのもう一人のギタリスト、フロイト・ラドフォードも光るプレイをしていました。ジョニー・ウインターをあおる位の早弾きで、超高速ブルース・フレーズ連発でした。

ジョニーウインターは一貫してメジャーなギターは使いませんね。ページトップのレスポールを弾いている画像はかなりレアです。基本的にファイヤーバードのサウンドが好みでしょうから、フラットなボディーでミニハム付きを好むんでしょうが、一般的に好まれにくいギターを弾いている事が多いと思います。
彼のアレンビックにオーダーしたギターを見るとその辺が、分り易いですね。
中々、ジョニー・ウインターらしいですよね。。。

Arembic-JW.jpg

個人的には一度画像を見たことがある、ファイヤーバードのボディーにレスポール・スタンダードのネックが付いたギターは本当に良かったですね。
カスタムショップで最近シグネチャー・モデルが発売されましたが、このモデルを何処かで作ってくれないですかね。

ジョニー・ウインターはルックスの割に色々キャッチコピーの多い人で、デビューの時が「100万ドルのブルースギタリスト」で90年代は「来日しない最後の大物」なんて、凄いキャッチコピーばかりです。
100万ドル~は当時のレコード会社からの契約金の金額に尾ヒレが付いて、そんな様なコピーが付いたようです。最後の大物~は実は90年か91年に来日する事になっていて、私はチケットの予約はしていたんですが、売り出す直前に本人の体調不良で公演が中止になったんですよね。まぁ相当なドラッカーだったようですし、日本に来なくて良かったのかなと当時は思いましたが、今は見れなくて残念でした。
N.Yで実際に見た友人の話だと "Johnny B. Goode"のラストのお決まりフレーズは異常な盛り上がりだったそうです。

近年遂に来日が実現した様ですが、私は見れませんでした。ただ、最近の映像等を見る限り、健康状態も相当悪そうですし、ギターも完全にピークを過ぎていて、一番良い時の演奏を聴き続けて来た私としては少々せつないですね。
中止になったライブが本当に悔やまれますよね。90年頃はまだまだ全盛期で凄いギターを弾いていましたから。

ファミリーの事は相当長くなりそうですから、取り敢えず Part 1 として。

PCについて

これまでかなりの数の記事を書いて来ましたが、全てギターと音楽に関連した話だけでした。
さすがに音楽関連以外の事も、少しは書いておこうと言う気が最近していました。
そんな訳ですので、"PC関連"を新たにカテゴライズしてみました。

PCが身近になったのは、音楽を辞めてまっとうな社会人としてスタートした近辺でした。当時はまだブラウン管モニターの時代で、ワープロが全盛期を過ぎた頃だったと思います。
音楽関係ではProToolsが既に出ていて、レコーディングでもぼちぼち使われ始めた頃でしたね。PCM録音なんてのが先端だったと思います。

そんな時代に個人のPCを持つなんてことは、私の中にはなかったしその後もあんまり必要性を感じる事がなく数年が経過します。
PCを我が家で最初に導入する事になったのは、息子でした。高校の授業で必須科目があっての事でした。
次に家内が再就職して仕事でMacを使う事になり、私と兼用の形で導入する事になりました。

家にPCがあってもPCでしたい事もないし、今のように必要性も感じなかったし、個人ユーザーへの利便性もなかったし、本当にちょっと慣れる事が出来た程度の感じでした。
それでも、やはり時代の流れが個人向けのPCが当たり前になりましたね。
”それなら”と思い自分用に購入する事にしたのがTOSHIBAのダイナブックでした。
ノートこそPCの本来の姿だと完全に思い込んでいたので、デスクトップは考えもしませんでした。(結局家から一度も持ち出した事がなかったですね)
入力くらいは出来ましたが、コントロール・パネルなんて開く事すら聞かないと分からないし、それが何をする所なのかも意味不明でした。
それからある程度、自分で操作が出来る用になると、大型電器店でもPC売り場に行く頻度が上がってきて衝動的に購入したのがNECのバリュースターでした。

NEC


液晶が一体になったタイプでしたが、凄くスタイリッシュに感じました。本人はデスクトップだと信じていましたが、内部的には殆どノートである事は数年後に気が付きました。
バリュースターを使っていた6年間で、ほぼXPに関しては理解出来たつもりでしたし、後半はメモリの増設や内部の清掃なんかも自分でこなす程度のスキルは身につきました。このブログも数年間はバリュースターで書いていました。
幸運にもダイナブックもバリュースターもノントラブルでした。

私は何でも慣れてくると、少しでもスペックを求めてしまうのか、バリュースターがモニターと一体である事に凄く不満を感じていました。
家内のPCがHPの一般的なデスクトップでモニターが20インチのタイプになって、完全に方向転換しました。

デスクトップをスペックから探してB.T.OといわれるPCを購入して完全に火がついてしまいました。ここからWindows7に突入します。
そのPCは半年を待たずにマザーボードとケース以外は全て交換してしまいました。
この時期にWindows7に関してとかパーツに関してとかの知識を勉強しましたね。
若い人は当たり前の事もこの年令だから結構時間は使いました。

そこまで行くと次は自作PC以外の道はなくなってしまい、自然な流れで自作の道に入ってしまいました。そんな訳で1年間で自分用に2台、余ったパーツを流用して息子に1台を組んでしまいました。楽器店へ出向くより,PSパーツ屋さんへ出向く方が楽しく感じてしまいました。
それとAmazonが急激に普及して来て、価格.comで最安値を調べてAmazonで購入する事が大きかったですね。

その時期からOSの入れ替えやら色々して行くうちに、ライセンス認証なんかも今では大抵の場合こなせていますし、合法ラインのギリギリでも何とかしています。移動を重ねたOME 版のOffice 2010 も何とか操作して認証を取って使えています。

現在のメイン機はこんな感じです。夏仕様で白にしましたね。
私の中では、夏はメイプルネックのストラトって感覚と同じです。

PC-2.jpg

PC-1.jpg

スペックを追求すると結果的に金額がモノを言う世界ですが、自分の必要とする用途に合わせたスペックを考え、パーツを選択してPCを一から組むのは結構ハマります。
今はオーバークロックにハマっていますが、それに伴う冷却の水冷化を考えています。クロック周波数は常用で4.1MHzで使用しています。
何故か今迄、パーツの初期不良もなかったしトラブルも経験しなかったのはラッキーでした。

先日インテルの新CPU "Haswell" が発売されましたが、マイナーチェンジ版が来年早々に出るらしいので、そのタイミングで3号機を制作する予定です。しかし、マザーボード以外にも対応電源も必須らしく、コスト面の折り合いが厳しいかなと思います。
旧タイプでもいいから、出来れば憧れの6コアCPUを載せられたら最高なんですが。。。

音楽と何の関連もない記事は初でしたが、”PC関連”は少しずつアップしようと思います。

音楽評論について

ネットで音楽を聴く時間が増えてからは、色々探しながら聴くと驚くほどの情報量で時間がいくらあっても足りなくなってしまいます。
聴いて3秒で勘弁・・・と思う物から、繰り返し何度も聴いてしまう物まで、本当に今の若いミュージシャンは幸せだなと思います。

私の時代は、音楽雑誌のレビューやら友人関係の評価で、音を聴く迄の段階が大変でした。
なので、音楽評論家なんて職業が、業界では力を持っていた時代でした。

私の好きだった評論家の方は今はお亡くなりになった、辛口でしたが的確な評価をしていた、中村とうようさんとブリティッシュ・ロックの事ならこの人と言うべき渋谷陽一さん、若手でしたが今井智子さんなんかの記事は絶対に信頼していました。ジャズなら大御所の油井正一さんでした。
とうようさんは”ニューミュージックマガジン”、渋谷さんは”ロッキング・オン”とそれぞれ自身の音楽雑誌を出すにまで至っていましたね。
それ以外でも、中村とうようさんはアーティストのプロデュースまで幅広くしていましたし、渋谷さんもそんな様な事をしていた記憶があります。
”ニューミュージックマガジン”は読み応えがあって、地方への移動の際は良く読んでいました。

あるミュージシャンのツアーで雑誌の評論を書くために、評論家さんが一緒だった事がありました。新幹線の中で2時間ほど二人っきりで音楽の話をした時には、驚きましたね。
私が26で評論家さんは恐らく30才を超えたくらいだったと思います。
評論や記事を書く事って、音楽を聴いて、ただ良い悪いを勝手に言い切っているとばかり思っていました。

誤解でしたね。彼らはやはりプロでした。
楽器に関するマニアックな部分は、やはりその道のミュージシャンには及ばないですが、それなりに楽器・機材の知識もかなりありました。
録音・レコーディングの手法なんかは、下手なミュージシャン以上に精通していました。
なにより驚いたのは聴いている音楽の量です。
我々ミュージシャンは自分の気に入らない音楽やジャンルに関しては、聞かなくとも何の責任もありません。
しかし、彼らは評価を記事にする訳ですから良い物・悪い物・好きな物・嫌いな物なんていっていられません。全て聴いています。それも凄く深い部分まで聴きこんでいます。

その後彼のお宅の玄関から中の部屋をチラっと見たことがありましたが、音源に埋もれていました・・・と言うか個人経営のレコード屋さん2軒分より凄かったイメージです。

新幹線で会話していた内容は、どちらかと言うと私の得意なフィールドの話だったんですが、彼の持っていた音楽知識・情報は本当に素晴らしいの一言でした。
とにかく音楽に関しての事であれば知識はハンパではないです。好きだから聴いていますなんて状況ではない、仕事として音楽を聴いてその情報を自分の中で精査して、メディア化していました。私が毎日ギターを練習する事と同じ感覚で、音を記憶に刻み込んでいたんんでしょうね。

私も比較的、一度聴いた曲名やミュージシャンの名前は忘れない方なので、かみさんには”カルト・Q”なんて言われていますが、それなら彼らは”ウルトラ・スーパー・カルト”と言われても足りないくらいでしょう。

どんな職業でも、その道でプロフェッショナルになるのは大変なのは同じ事なんですね。



季節外れの”白い恋人達”

今から45年以上前の話で恐縮ですが小学生の4年生の時、我が家に始めてステレオと名のつく代物がやって来ました。
当時のステレオは家具調でレコードプレイヤーの蓋を閉めると全くのサイドボードの様な感じでした。ステレオにはかなり豪華なBOX入のクラシック5枚組とポピュラー5枚組のLPが付属していました。
どちらもとても有名な曲が選曲されていて、私の音楽の原体験としてはとても良かったと思います。そのLP枚は本当に良く聞きました。
何と言ってもレコードは高価な代物でしたので、他に聴く素材がなかった事が最大の要因でしたが。

そして1年が経過した頃に親から好きなレコードを買ってもらいました。当時のアイドル歌手のLPでしたが、シングル盤が勝手にサービスで付いて来ました。そのレコードがこの曲です。



映画音楽としてだけはなく、ポピュラー音楽の名曲として広く知られている”白い恋人達”です。
サザンの桑田さんが同名の曲をリリースして大ヒットしてからは、ごっちゃになってしまい色々面倒になりましたね。
曲の説明に「フランシス・レイの~」とか「冬季オリンピックの~」とか、前置きが必要になりましたね。まさか北海道のお土産とは区別しなくても良いとは思いますが(笑)。

映画はその後、テレビ放送で目を皿のようにしてみました。中学生にはなっていなかったので6年生だったと思います。
オリンピック自体にさほどの興味があったわけではありませんでしたが、とても惹きこまれた映画でした。グルノーブルオリンピックの主役ジャン・クロード・キリーの名前は、私の記憶にずっと残っています。

余談ですが、市川崑監督の”東京オリンピック”は映像美にフォーカスが合っているイメージですが、この映画はアスリートの”動と静”に焦点が向いていると思います。

映画と音楽は昔からシンクロしていて数々の名曲があります。
その中でも個人的にベスト3の中に入りますが、”タクシー・ドライバー”が抜けたトップなのが残念です。その曲はまた次に書こうと思っています。

この曲の素晴らしさは何と言ってもアレンジに尽きると思います。
メロディーも確かに半音の動きを凄く上手く使ってはいますが、それを最大限に活かすアレンジは素晴らしいです。
半音的な動きを最も上手くメロディーに組み合わせた名曲は”ホワイト・クリスマス”にビートルズの”サムシング”が代表的でしょうが、個人的にはこの曲が一番好きです。

サムシングの場合あのメロディーの動きはポップスでは長らくご法度的な手法でしたが、ビートルズはその常識を簡単に変えてしまいましたね。

アレンジに話を戻すと、とにかくストリングス・アレンジのお手本と言うか、全ての要素が組み込まれています。
アレンジャーを目指す方々は採譜しても損のない曲でしょう。弦楽器の配置とかバランスに関しては凄いです。
ワンコーラス目のサビまでは正直今でも、何の楽器なのかはっきり分かりません。恐らくバンドネオン又はアコーディオン系の楽器だとは思いますが知識不足ですみません。チェレスタとは確実に違うとも思います。
中学生の頃は本気で12弦のエレクトリック・ギターだと思っていました。。。

サビの楽器の配置がまた良くて、マリンバと男性コーラスで旋律を奏でます。アイデアと言うか発想が素晴らしいです。
それに絡むホルンの裏旋律なんんて、今風に言えば”神アレンジ”としか言えません。
途中、転調前の静かな弦が転調に向かって”動”に向けて動き出して、転調後の旋律を今度は女性コーラスと奏でるセンスは特筆ものでしょう。

そこら辺を踏まえて一度聴いて頂けると私の言いたい事が、伝わると思います。

20才の時にNHKの番組でギタリストのクロード・チアリさんの特集があり私はバックを務めた経験がありました。
その時に聴いた彼の”白い恋人達”は生涯忘れられないでしょう。本当に凄かったですし、間近で聴いていて、音楽で得る感動ってこれなのかな・・・と思わされた良い経験でした。
彼はフランスの方だし、我々以上に思い入れもあったんでしょうね。