お知らせ

このブログ管理者は4/25深夜より内臓疾患の為、入院しています。
ブログのパート3が滞っている事をお詫び致します。

なお復帰の予定は未定となっていますが、本人は二週間と勝手に決めています。

皆さんも日頃からの健康診断等でご自身の体調管理を、心掛けて下さい。
管理者は全くダメでしたから(苦笑)。

では。

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Re : Machine Head 40年の時を経て ②

私が Machine Head を初めて聞いたのが中1の時で既にMade in Japan (邦題 Live in Japan )も発売されていました。
リアルタイムで発売されたのはグレン・ヒューズが参加したBurn からでした。

スタジオ録音でなく、ホテルの廊下をスタジオ代わりにして録音された Machine Head は、全編通して不思議なリバーブ感で包まれていますが、なんとも良い音をしています。

アメリカ市場を意識して、曲の方もこのアルバムを境にキャッチーなイメージに変化して、良い・悪いは別として本腰を入れたのが伝わります。
曲のアレンジも相当気合が入っていて、構成面で文句の付け所がない曲ばかりです。
アルバムが売れたのも分かります。

それに加え、直後にリリースしたMade in Japan も殆どの曲が被っているのが良かったのか、両アルバムの相乗効果で売れました。
当時のライブアルバムとしては、格段に音が良い事と演奏のパフォーマンスが素晴らしく、未だにライブアルバムの名盤として知られていますね。
ギタリストならこのアルバムのストラト・サウンドを一度は出してみたいと思うはずです。
適度なディストーション(今の時代の歪よりは明らかに緩めです)に、艶と腰とハリがあって更に太くて伸びる音は、他で聞いた事がない奇跡のストラト・サウンドだと思います。
使っていたマーシャルも凄かったみたいですが。

パープルのバンドとしての成功はこの2枚のアルバムで決定的になったと思います。
星の数ほどのバンドが、ここを目指している訳で天才的なミュージシャン不在のバンドが努力で掴んだ成功だったと思います。

その Machine Head のオープニング・ナンバー Highway-Star はこのアルバムでは2テイク入っていてますが、ベース・ボーカルにグレン・ヒューズ、ギターにスティーブ・ヴァイ、ドラムがチャド・スミスの面子でのテイクが圧倒的に良いと思います。
キーボードプレイヤーのクレジットがないので不明ですが、器用なグレン・ヒューズが弾いていないとも限りません。
キーボードソロの後半指のもつれ具合が、本職のプレイヤーではあまり無いのと出だしの単音弾きが何とも頼りないので…可能性は相当低いと思いますが。



このテイクはイントロで完全にやられました。
Made in Japan の曲前にジョン・ロードが軽くバンド全体に合図を送るような、さりげないフレーズをスティーブ・ヴァイが見事なオーバーダブで完全なイントロとして蘇らせてくれました。
確かにジョン・ロードのこのフレーズはパープル・ファンなら耳から離れない印象的なフレーズでしたからね。
しかし、ここまで仕上げられると脱帽でしょう。

個人的にスティーブ・ヴァイに関して、デイブ・リー・ロスのアルバムで弾いていたサウンドが最もフェイバリットでした。
L.A を思わせる比較的明るめのトーンは彼自身のアルバムでもあまり耳にしません。
しかし、今回はそのトーンに近い音で弾いていますね。

ギターソロは結構真面目に取り組んで解釈していると思いたいですが、実際はどうなのかは不明です。
ただ、誰でもが耳にしている有名なギターソロをここまで持って行くには、やはり考えたんだと思います。
ソロはリッチーの弾くライブのフレーズを基本にして、更にその2段くらい上で弾いているあたりは、本人のプライドでしょう。

もしこのテイクのギターがもっとリッチーに近い雰囲気のイングヴェイだったら、もっとオリジナルに忠実に弾いていたと思います。
スティーブ・ヴァイの持つ音の色彩感覚が、曲の中全部に行き届いていると思いますし、上手く曲の持つスピード感にマッチしています。
ギターだけを考えれば、数あるこの曲のカバーの中で断トツのトップだと断言出来ます。

グレン・ヒューズはこのレコーディングの時期に還暦を迎えたのではないでしょうか?
さすがに、若いイケイケの頃のイラつく程のハイトーン・シャウトは鳴りを潜めて(イントロで聞けますが)、昔よりヴォーカリストとして落ち着きと円熟味が凄くいい形で出ています。
イアン・ギランと同じか、ひょっとすると少し良いかも知れません。

色々な意味でパープルを抜けてからの苦労が、ミュージシャンとしての彼を蘇らせたと思います。
ドラッグで悲しい結末を迎えた、ボーリンと同じ道を辿っても不思議ではなかった彼の凄み、みたいな部分が一番伝わってきたのが、ギターソロ前の I’m a Highway-Star~の部分です。
色々な思いが詰まった彼の想いが、自然に伝わる感じでした。

パープルにいた頃に、聞きたかった位に良いヴォーカル・パフォーマンスです。


もう1曲の “Lazy” は③で紹介します。

Re : Machine Head 40年の時を経て ①

1年ごとの更新がパターン化してしまう恐れのあるブログですが、期待に答えほぼ1年振りの更新になりました。

今回は私の音楽体験の原点と言っていい、パープルの歴史的名盤 “Mashine Head” をアルバムのジャケットに至るまでフル・カバーした Re : Machine Head について書こうと思います。

カバーが流行しているご時世とは言え、まんまアルバムそのものをカバーしたのは、私の記憶にあるのは、ビートルズのカバー・バンド “バッド・ボーイズ” のアルバム位で他には見当たりません。
ドリーム・シアターがライブでイエスのアルバムをそのまま演奏したとかはありますが、アルバムそのままカバーする意味もないので、例としては少ないんでしょうね。

それに加えてパープルの元メンバーであるグレン・ヒューズが発起人の様な感じでプロデュースしている事で、あまり彼の事は当時から好きではなかったので、聞くのに随分と時間が経って聞いた次第ですが、グレン・ヒューズの事を少しは認めないとまずいかな…と思う程の出来のいいアルバムでした。

イギリスの売れないけれど、実力のあったバンド “トラピーズ” でガンガンやっていたのを、イアン・ペイスと今は亡きジョン・ロードがイアン・ギランとロジャー・グローヴァーの抜けた穴を埋めるべく半ば無理矢理引き抜いた迄は良かったんでしょうが、性格的にポジティブがベースを弾く様な人なのでバンドの中では確実に浮きまくりで特に気難しい事で名高いリッチーと合うはずは無く、その後更にメンバーチェンジから解散に至った中心人物でした。
ただし、私個人は音楽に置いて特にロックと名の付く物はポジティブ・シンキングで行かないとやっていけないと思います。
特に競争の激しい U.K と アメリカではそんなようにしか見えません。

トラピーズは3ピース編成でグレン・ヒューズ中心のバンドだったようです。
当時のパープルに参加出来るなら、大抵の場合今いるバンドの事を考える余地はないでしょうね。
その部分で彼の選択は良かったんですが・・・

当時も今もイギリスは基本的にジェントルマンの国です。
たとえロックミュージシャンであろうと、物静かで控えめな人が多かったと思います。
ストーンズは破格にハチャメチャですが、その中ですらチャーリー・ワッツはジェントルマンの代表の様な人ですし、どのバンドにも必ず一人はいた時代でした。
しかも、パープルのメンバーは元々がスタジオ・ミュージシャン出身者が殆どでした。
裏方仕事の経験を経てバンドとして確固たる地位を確立して来た自信を持つミュージシャンの落ち着きに加え、クラシックの影響を売りにしていたパープルは更に控えめでストイックなメンバーの集まりでした。

グレン・ヒューズの話に戻ると、一緒に加入したヴォーカリストのデイヴィッド・カヴァデールにはカヴァデールが無名の新人で、年下だった事もありヴォーカリストとしての対抗心は相当抱えていた様です。
私個人はポール・ロジャースに似た声質のカヴァデールが好きでしたね。
パープル解散後のデイヴィッド・カヴァデールのバンド “ホワイトスネイク” の成功を見ても、ヴォーカリストとしてのグレン・ヒューズの評価を更に悪化させたんでしょう。

ただ、彼にとってリッチーの後釜にパープル初のアメリカ人ミュージシャンである、故トミー・ボーリンが鳴り物入りで加入した時期は、彼のミュージシャンとして絶頂期であったのではないでしょうか。
トミー・ボーリンが合うのかリッチーが抜けて気が楽になったのか…トミー・ボーリン加入後の “Come Taste The Band ” という自信満々のアルバム・タイトルに相応しく、自信に満ちたパフォーマンスを見せていました。
Purple.jpg

しかし、グレン・ヒューズの持つ悲運のなせる技か、トミー・ボーリンは呆気無く他界してしまい、パープルも遂にバンドに終止符を打ってしまいました。
恐らくジョン・ロードは若いメンバーと一緒に演奏し、物を創る事に限界を感じていたんでしょう。
若いメンバーとはグレン・ヒューズそのものだったと思います。

数年後、パープルの再結成で加入したアメリカ人ギタリストのスティーブ・モーズが、かなり控えめだった事でも読み取れますよね。
ベーシストにはロジャー・グローヴァーが返り咲いて、不動のポジションを確立してしまいました。

引き抜かれていなければ・・・トミー・ボーリンが生きていたら・・・等々残念な事があったからこそ、このアルバムはグレン・ヒューズが長年持ち続けたであろう “DEEP PURPLE” に対しての答えが色々な意味で凝縮していると思います。
しかも、自身の加入する前のアルバムってのが積年の恨みに思えて物悲しい感じさえします。

今回このアルバム Re : Machine Head の中でも特に出来のいい2曲がこちらです。
どちらもパープルってよりロックのスタンダードとして認知されています。





この2曲については次回の②で詳しく書く事にしようと思います。

当時、往々にしてツェッペリンに比較して評価の低かったパープルが、こうしてカバーされるのはやはり真面目に音を創っていた証明だと思います。
おこがましくもツェッペリンとの比較を私個人がすれば、“スピード感”に尽きると思います。
もし、ジョン・ボーナムがパープルでドラムを叩いていたら、そのサウンドは大きく異なっていたはずです。
イアン・ペイスの持つタイトでスピード感あるドラム・スタイルがあって、初めてパープル・サウンドが成立する程にスピード感・ドライブ感をバンド全体で創っていたと考えられます。

②へ続きます。

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Author:kamiyo.m
千葉県千葉市在住

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