ギブソン・レスポール58年モデルの話。

今回は私の現在持っているヒスコレの58年モデルの事を書きます。

ヒスコレ・58年モデル

前に書いた56年モデルがP-90なので、レスポールならやはりハムバッキングの付いたモデルが欲しくなり衝動買いでは無く、じっくり選んで買ったギターです。

このギターを買う時に拘った事は、サウンドは勿論ですが指盤の状態とネックの感触を一番に考えて選びました。
したがって色・値段には一切こだわらずボディーのトップも全く気にせずネックと音だけでギター選びをしました。
邪道な選び方だとは思いますが、中々出来ない事なので結構楽しかったです。

選ぶのに丸々2日かかりました・・・。
当時の代理店は山野楽器でした、まず本店のレスポールは全部弾きました!
(店員さんには相当嫌がられたはずです・・・)
他の楽器店でも何本か目ぼしいのを弾いて、トータルで50本以上は確実に弾きました。

指盤のこだわった点は、ローズの目の詰まり具合ととにかく色の黒いローズである事、アールの緩やかな事が条件でした。
ネックの握りに関してはナット幅の広い事だけで後は感触で判断しました。

派手なトラ目やキルトトップのギターも何本も弾き比べましたし、値段も100万近い物まで手当たり次第に弾き比べました。

やっぱりギターって少しづつ違う訳で、トップが派手派手でもサウンドがいまいちだったり、音はいいんだけどネックの感触がいまいちだったり・・・悩む事だらけでした。

最終的に候補に上がったのが2本ありました。1本はナチュラルフィニッシュにキルトトップにゴールドパーツ・・・と言う豪華版レスポールで値段も80万オーバーでした。
このギターもかなり良かったんですが・・・・。

どちらを買うかは最後まで悩みましたが、決め手はボディーの軽さから来る(弾き比べた中でも1~2番を争う軽さでした)音の良さとネックの状態が全てにおいて私の好みにピッタリだったからです。

私のは2006年製の58年モデルでプレーントップです。ほんの少しですがフロントマイクとリアマイクの間にトラ目が入っています。
ビンテージ物でもプレーントップが大半を占めているわけで、トップのトラ目は無くても全然気になりませんでした。

色も全くこだわらずに買ったので、タバコサンバーストです。レスポールでは意外と不人気の色ですがそんな事は全く気にしませんでした。
毎日見ているととてもいい色だと思います。今ではサンバーストは嫌いな位です(笑)。

2006年からギブソンでV・O・S(ビンテージ・オリジナル・スペック)と呼ばれるシリーズが出て、このギターのはそのシリーズのモデルです。
今までのレスポールとの違いは、塗装のツヤが無くてメッキ類が最初からくすんでいる状態になっています。ビスも最初から少々サビている状態で軽~~いエイジド加工って感じです。
V・O・Sで最も違っているのがフレットのエッジの処理とネックのアールが若干ですがフラットに近くなっている事です。

同じV・O・Sでもやはり1本づつ違っていた訳で、このギターを探し当てる事が出来て本当にラッキーです。

このギターはパッと見はエボニーにしか見えないくらいの黒に隙間無く目が詰まったローズ指盤が使われています。
かなりお高いレスポールでもここまでのネックは中々ありませんでした。
フレットのエッジの処理も現代的な丸みを帯びた加工がされていて、指にストレスの無いフィンガリングが出来るのとレスポールとしては考えられないくらいのアールの無い指盤です。
ネックの握りはどちらかと言えば若干太めで幅広です。私の好みにピッタリのネックです。

音の方はかなりいいと思います。ボディーがかなり軽い事とプレーントップのメイプルがかなり硬いのが使われている様子なので、抜けのいい中域と低域はかなり気持ちがいいです。

カールトンの名曲“It Was Only Yesterday”のあの音がいとも簡単に出るギターって初めてでした。
そんな感じの音なんですが、どんな音・・・と聞かれると分かり易いところでロベンフォードが東京ジャズで使ったカールトン所有のゴールドトップのあの音にかなり近いと思います。
歪ませてもクランチでもナチュラルトーンでも、これぞレスポール!って音ですね。
音の分離の良さも336と同じくらいの感じです。

どんなピックアップが付いているかは恥ずかしながら分かりませんが、交換する理由が無い位のいい音がします。出力も若干弱く感じます。336よりもパワーは無いと思います。
リアマイクの枯れた音は中々のもんです。

私の持っているギターの中ではナンバー1です。が・・・一番弾いていません。
家から持ち出した事は4~5回程度で、家で大事に保管しています。

今の私のスタイルにはちょっとマッチしないのも原因ですが、このギターを持つとやたら弾き易くて他のギターを弾くのが辛くなっちゃう位のネックコンディションなんです。

本当はもっと弾きたいんですけど・・・今年はチャンスがあれば何かの機会に使おうかなと思います。

このギターに教えられた事は今更ながらギターって値段では無く自分に合うか合わないかとか、自分がどんな音を欲しがっているのかとか、こういうギターが欲しいってのを自分の指と耳で判断する事がギター選びの上で一番大事な事だと、この歳になって教えられたような気がします。

若い時は勢いで買ったギターも数多くありますが、これだけ選び抜いて買ったギターは初めてでした。

レスポールって1本1本それぞれ本当に違うので買う時は自分を信じて買うしかないでしょうね。
どんなギターも1本づつ個性があるからこそギター選びって楽しいんだと思います。

長い間ギターを弾いて来ましたが、このギターに巡り会えた事はラッキーとしか言えません。





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過去のライブ体験・紫編

私が高校に入学して、一番最初にしたことは楽器をやっている同級生を探すことでした。
私の行った高校は都内の付属校で男子校でした、1学年に2クラスしかなく全校あわせても6クラスしか無い少人数の珍しい高校でした。
現在は共学校になってしまっている様で個人的には少し残念な感もありますが・・・。

当時の私立高校にしては稀な髪型自由な学校で(私の通える範囲では他に存在しませんでした)当然、ロック少年だった私はピンポイントでその学校に的を絞ったわけです。
願書を提出しに行った時に在校生達が考えられないロングヘアーで校内をウロついているのを見て、ここしかない!と決めたくらいです。

中学の時の家庭教師の先生が慶大生で“ライト・ミュージック”でベースを弾いていた方でした。
勉強以外の音楽について色々教わった事が昨日の事の様に思い出されます(苦笑)。

先生は勿論ギターも当時の私よりはるかに上手くて、ビブラートやチョーキングなんかも教えてもらっていました。
一時間だけ勉強して後一時間ギターを教えて貰った事もあります。
私の最初の音楽の先生だった様な感じです。
先生に「音楽やりたいならここと、ここの大学がいいよ」なんて教えて貰ってそこの付属を狙ったわけです。

そんなこんなで見事高校に入って何人か楽器をやっている連中を見つけて、学校帰りに遊んでいた訳です(当然、全員帰宅部でした)。

そんな時、高1の夏休み前に日比谷の野音で“紫”の都内で初のワンマンライブがあったんですよ。
同級生何人かと行った訳です。

当時の日本の音楽シーンは地方から続々といいバンドが名乗りを挙げていた時期で、金沢から“めんたんぴん”名古屋から“センチメンタル・シティ・ロマンス”九州から“サン・ハウス”関西から“ソーバッド・レビュー”とか“サウス・トゥ・サウス”沖縄から“紫”と“コンディション・グリーン”とか・・・・他にも数多くのバンドが地方から続々と東京に進出していました。

“紫”は名前からも分かる通り、パープルを強く意識したバンドでした。海外でもパープルの弟分的な“ナザレス”なんてバンドが居た位でした。
ナザレスは結構好きなバンドでしたが、全く売れなかったのが残念です。

私達高校1年生軍団は入場料(1000円以下だったと記憶しています)を払ってから、ナント席にはつかずステージサイドの楽屋に直行すると云う暴挙に出ました!

最初はサインでも・・・と思って行ったんですが、当時はまだまだ大らかな時代と云うかコンサートも手作り状態だったのか出番前の紫のメンバーの楽屋に見事に潜入してしまいました。
出番前にも関わらずメンバーの人もナント我々の質問に丁寧に答えて貰った事がとても印象深い思い出です。

スティックでバチバチ手を動かしているドラマーの宮永さんに私が「今日はパープルのバーンやるんですか?」と聞くと気さくに「1発目にやるよ、楽しみしててね」とかギターの方(お名前は忘れました・・・すいません)がバリバリに黒にローズネックのストラトを弾いているのに「弦は何ですか?」なんて聞いたりして、都内のガキは何て生意気なんだと思われた事でしょう。

リーダーのジョージ紫さんは椅子に座って腕組みをされていて、子供心にも話掛けられないオ-ラが出ていてお話し出来ませんでした。
1年後位に終電間際の東横線の渋谷駅で見つけた時は物凄く気さくにお話しして頂きました。

そんな感じで本番直前まで楽屋にいた我々は更なる暴挙に出ました・・・!
ナント、ステージ横でライブを観戦してしまったんです。誰にも注意されず最後まで見届けました。

ライブはよかったでした。とにかく沖縄で評判のハードロックバンドです、演奏は完璧でした。
音のデカさもハンパではなかったです。
ステージサイドで聴いたマーシャルの爆音は今でも記憶に残っています。

オープニングの“バーン”も私も当時かなり弾ける自信があったんですが(子供でしたね・・・)脱帽でした。
ライブはオープニングから盛り上がりっぱなしで紫の評判通りの素晴らしい出来でした。

一番印象に残っている曲はユーライア・ヒープの名曲“ジュライ・モーニング”です。
紫がパープル以外のバンドのカーバーをやったのは、この時のライブではこの曲だけでした。

名盤“対自核”に入っているバラードの名曲で私も持っていたレコードでしたので、感動物でした。
You Tubeでかなり最近のバージョンも聴きましたが、素晴らしいです。

ロックバンドのバラードには数々の名曲がありますが、“ジュライ・モーニング”は私的には世間の評価が少しばかり低いと思います。
曲中のギターソロなんかは中々の出来ですし構成も凝っていて、今聴いても素晴らしい曲です。
個人的には天国への階段・・・よりは好きかもしれません(歌の出だしがソックリなのが頂けませんが・・・)。

当時のロックコンサートは周りの人達が皆大人に見えて、自分達も少しでも大人に見せようとしてたオコチャマだった訳で紫の皆さんにはとてもご迷惑だったと今考えると申し訳ない感じです。

そんな訳で、ずうずうしい高校1年生の時代の微笑ましい(?)ライブ体験と云う事で・・・・。