GuitarRoom&MusicWorld 

ギターと音楽のお気楽日記

年内最後のご挨拶

このブログも何年経ったのか・・・随分昔から書いてきた感じです。
途中で中断もあったりしましたが、ここ数か月のランキングでは上位にランクインしたりして本当にありがたい事です。
私の拙い文章を読んで頂ける事、嬉しく思いますね。ありがとうございます。

自分の経験して来たギターに関する事に、共感して読んでくれる方がいる幸せは感謝の気持ちで一杯です。
来年もまだこのブログは続けて行きますので、よろしくお願いします。

ギターは面白い楽器です・・・ジャンルは関係なく楽しいしギターを弾いて来た人生は良かったかなと思います。
この先ギターを弾くのは趣味の範囲ですが、ギターを手にすればそれは真剣に取り組んで行こうかと思います。
まだまだ弾きたい曲も沢山あるし、勉強したい曲もあります。年齢とともに腕は落ちる一方ですが・・・。

皆さんもよい年を迎えて下さい。
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  1. 2017/12/26(火) 20:08:11|
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管理者の名前を変更しました

今回管理者はハンドルネームを kamiyo.m に変更しました。
理由は色々あるのですが、また新たな気持でギターに取り組む事がまず一つです。
あとは Google のアカウントが kamiyo.m なので面倒なので統一したかったのです。単に気分転換したいとも思ったからです。
本当の理由はまだあって・・・前のハンドルネームの由来であるこのギターはもう手放していたのです。

レスポールフラワーポット-2


この先ブログ仲間の方たちのところにお邪魔する際は、皆さん戸惑ってしまうと思います・・・ご迷惑をおかけする事をお詫びいたします。今後も宜しくお願いします。
  1. 2017/07/23(日) 21:17:44|
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また少しギターを弾きます

ずっと練習はおろかギターをケースから出さなくて(飼い猫の花にやられてしまうので・・・)本当に弾いていませんでした。
もう練習してもどこまで回復するか自分でも分かりません。
実はつい最近、とあるベーシストと知り合ってお誘いを受けた事がきっかけです・・・ありがたい事です。こんな私を誘って頂いて感謝の気持ちで一杯です。

ブログ仲間のギターマジシャンの影響も大きです。毎週動画をアップされている事は、大変な苦労だと思います。
私も負けずに、これから毎日練習して少しでもギターが上手くなりたいと思うようになりました。

ストラトが欲しかったのですが、我が家のかみさんに即答で却下されたので、少しテンションは下がりますが・・・(笑)。
何とか8月中にはギターが回復出来る様に頑張ります。

もう一度人前で弾ける事を目標に切磋琢磨して行くつもりです。
私事の記事で申し訳ありません。。。
  1. 2017/07/21(金) 19:36:57|
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楽器の運搬の話し

今回は私がミュージシャン時代にどんな感じで楽器を運搬していたのか記事します。
つまらない話ですが、ミュージシャンに楽器の運搬は付き物なので参考になればと思います。
ギタリストに関しての運搬なので今後ギターを目指す方の参考に少しでもお役に立てればと思っています・・・。

私がプロデビューしたのが高校生の時なので、当然ですが運転免許は持っていませんでした。なので都内の移動はタクシー移動がメインでした。その他にはご一緒するキーボードの方とかベースの方が親切に迎えに来てくれたりしてくれました。
なので免許は早めに取りましたね。三軒茶屋で生まれ育ったので教習所は二子玉川にあるコヤマドライビングスクールか東急の教習所のどちらかしかありませんでした。私には東急の方が何故かイメージが良くてそちらに通いました。二子玉川駅から歩いて行けるのも大きな理由でもありました。免許の方は比較的スムーズに取れましたね。仮免の実地で一回だけ落ちただけでした。

次に取り急ぎで車が必要でした。当然ギタリストとしては駆け出しなので収入もあまりなく両親の助けを借りる事になりました。
楽器を積むのが前提なので4ドアセダンとか2ドアは論外でした。父親がホンダのアコードに乗っていて父親の勧めで当時出たばかりのホンダ・クイントを買い与えてもらいました。色も形もこれです。
ホンダ・クイント
当時はステーションワゴンは殆どない時代で、商用車のバンみたいのがかりでしたね。この後サニー・カリフォルニアがで出たりしていましたが、まだ私が買う時には出ていませんでしたね。余談ですが私が松原正樹さんにお会いした時は正樹さんは黄色のサニー・カリフォルニアに乗っておられましたね。

この車は5ドアハッチバックなのでかなりの積載量がありました。私にはもったいない車でしたが父親には感謝するしありませんね。勿論月々のローンは私が支払いましたが、頭金は父親のスネをかじりました・・・バカ息子でしたね。

アンプは先輩からのアドバイスでスピーカーを下に向けて倒して積みました。スピーカー本体はは後ろが重いので、その方がスピーカーへの影響が少ないと教わりました。それはミュージシャンを辞めた時までその積み方をしていました。
まだエフェクターラックは持っていない時期でしたので、ジュラルミンケースでエフェクターやシールドを入れて運んでいました。ジュラルミンケースは確か渋谷の道玄坂を登って右手にあるお店で買ったはずです。カバン屋さんですが何故か店先にジュラルミンケースが並べてありました。
ギターに関しては常に運転席と後部座席の間に横立てて入れていました。寝かせるスペースが無いのもありますが、ギターにもその方が負担が掛かりませんでした。ギターの本数が増えた時もトランクに横立して並べていました。

当時の私には十分なスペースが確保出来るのでこの車で何年か楽器を運んでいましたね。当時は2年車検でしたので2回車検は取りました。

結果車以外での移動は100%しなくなりました。ミュージシャン時代はまず電車・バスには乗りませんでしたね。地方へ仕事以外ではですが。羽田にも車で行っていましたし、東京駅にも車で行っていました。当時は駐車場の値段も安かったですし東京駅に関しては、今では考えられませんが夜10時を過ぎると勝手に出られました。勿論駐車場の料金も払わなかったです。その事は先輩たちから教わりました。羽田はさすがにそうも行かず支払っていました。

歌謡曲系の仕事は基本アンプのレンタルは無かったので、地方へ行くときはギター・アンプ・ジュラルミンケースを自力で持って行っていました。お陰でアンプのケースやギターケースには空港のフラジャイルのステッカーを張りまくられたり取っ手には手荷物の受取の半券がやたらと増えていて行く一方で、面倒なのでそのままにしていましたね。
手荷物で絶対に機内に持ち込んでいたのはコルグのチューニング・メーターでした。とにかく振動に弱いので機内に持ち込むしかありませんでしたね。何度も手荷物検査で引っかりました。説明するのが大変でしたが何とかなりました。

新幹線の移動が一番大変でした。アンプやらジュラルミンケースの置き場が無いのですよ・・・一番前の席は少し広いので強引に置かさせてもらっていました。

ニューミュージック系の仕事をするようになってから、ようやくアンプやディレイのレンタルが出来るようになりましたね。やはりミュージシャンの負担を考えてくれていたのだと思います。当然ギャラの面でも全然違うし・・・その分良い音を求められましたが。
ニューミュージック系でレギュラーの仕事のツアーは連日の移動で何本もライブをするので、中々レンタルも難しくなります。
そんな時は自分のギター以外の機材はPA屋さんのトラックに積み込んでもらいました。
積み込みはPA屋さんの会社へはたまにしか行きませんでしたね。一番多かったのは出発前のトラックと代々木公園脇の道路での待ち合わせていました。まだおおらかな時代でしたので駐車違反の心配も無かったですね。当然引き取りも同じ場所でしたね。そのパターンが多かったです。

今はどんな感じでミュージシャンは移動しているのでしょうかね。当時もスタジオで売れている方は自分の移動用の車とは別に楽器用のワンボックスを持っていた方も多かったです。アシスタントの方がワンボックスを運転してご本人は自家用車で移動されていました。流石だなと思いましたね。確かにドラマーの方なんか2セット持ち歩くのが当たり前ですからね。

そんな訳で私も他のミュージシャン仲間も楽器の運搬には苦労していました。今もそれはミュージシャンには付いて廻る苦労だと思いますね。

ガソリン代ですが確定申告で経費として落とせる時もありましたが無理だと言われた時もありました。
余談ですが渡辺香津美さんは税務署とモメてステージ衣装を経費としてOKが出なかったらしく、後日ステージ衣装持参で”この服で街が歩けるか!”と文句を言ったとの事です。

私もミュージシャンを辞めるまでは常に楽器を運べる事が最優先で車を選んでいましたね。ミュージシャン時代の最後の車はシトロエンBXでした。相当無理して買いました。246沿い桜新町の西武自動車で購入しました。
bx
積載量は流石にヨーロッパの車なので後席がフルフラットになってトランクスペースは広大でした。初めて買った輸入車でした。
とあるスタジオでお見かけした細野晴臣さんも乗っていらして驚きましたね。さすがに格好良かったですね。凄くお似合いでした。
車に関しては経費として認められました・・・減価償却は確か3年か5年でしたね。

ミュージシャンを辞めて買った最初の車は2ドアクーペでした(笑)。今では車は走れば何でもよい年齢なのでトヨタのアクアに乗っています。
  1. 2017/07/01(土) 08:10:49|
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ミュージシャン時代の話し 演歌編

私がプロで最初にツアーに出た仕事は演歌の仕事でした。18才の後半の頃です。
当時はツアーなんて言葉はなくて演歌系の仕事は”ビータ”と呼ばれていました・・・旅を反対語で言っていたのです。

私は全然駆け出しのしかも高校生ですから、仕事を選ぶなんて出来ませんでした。依頼があれば何でもするしかない状況でしたからね。演歌だろうがなんだろうが仕事があれば嬉しかったですし・・・。
何しろギターを弾いてお金が貰えるんですから、こんな幸せはありませんでした。ですから来た仕事には不満なんて全然無くて、一生懸命頑張りました。

地方に行くのも初めてでしたので、その演歌ツアーの仕事は今でもハッキリと記憶しています。
演奏させて頂いた歌手の方たちは既にピークを過ぎた方たちでしたが、その世界では先生と呼ばれる位の歌手の方々でした。
灰田勝彦さん菅原つづ子さん伊藤久男さんと他にはこまどり姉妹さんでした。私の両親ですら懐メロとして聴いていた方々でした。当然ですが18才の私が知っている訳は無かったですし、大変失礼な事にお歌の方は何一つ聴いた事もありませんでした。

バンドは東京で当時は有名なビックバンドでしたが、ギターの方が居ない編成だったので私が参加する事になった訳です。
あるギタリストさんからの紹介で仕事を頂きました。高校の方は担任に事情を話して休ませてもらいました。付属高校だったので既に進学も決まっていたのでOKが出ましたね。ツアーの期間は10日間でした。
九州を廻るツアーで1日2ステージでした。勿論リハ無しです。全て初見での演奏でしたが何とか頑張りました。

初めてのツアーが演歌でしたが、楽しかったですし勉強にもなりましたね。最初はビックバンドの方には”何だこの小僧は”みたいに思われていました。当たり前ですよね、駆け出しの高校生ギタリストですから・・・。
その前にも演歌の仕事は単発で少しはしていたので、演歌の弾き方は少しは分かっていましたから慣れるに従って自分でも分かるくらい日々上達して行きました。
最初は隣で弾いているベースの方は完全に私の事は無視に近い状態でしたが、3日目位からお話をしてくれる様になりました。色々とアドバイスなんかも頂きましたし、この先の事とかも移動中に相談に乗ってくれましたね。そのツアーの後でもお電話で色々と相談させて頂きました。とてもありがたかった事だと思います。

今でも覚えているのは伊藤久男さんの歌う姿です・・・直立不動で歌う姿は凛としていて流石は往年の大スターだと思いましたし、貫禄も充分感じられました。
その伊藤久男さんから”君は若いのにしっかりしたギターを弾きますね”と言われた事は、ほんとに嬉しかったです。

やはり演歌と言えどもギターの出番は結構あります。短いですがソロもあるし歌中のオブリガードも全て譜面通りに弾かなくてはなりません。一番苦労したのが菅原つづ子さんの曲でした。途中でバンドがブレイクで休止したあと、少しの間を置いてかなり厳しいギター一人のカデンツァがありました。フリーテンポのカデンツァでしたが、そんなのは弾いた経験がありませんでした。
その後に歌がまたスタートするので何があってもミスは許されないカデンツァでした・・・譜面を見た時になんじゃこりゃ~と思う位のフレーズでした。
運良く最後の日まで何とかミス無く弾き切れました・・・ベースの方が最後の日に”よく弾いたねあれ・・・他のギターだったら1回位はミスってるよ”と言って頂いて涙が出るくらい嬉しかったです。

何が何だか分からないけれど何とか最後まで努められた事は、その後の私には自信になりました。ビックバンドの方たちも後半には優しく接してくれましたし、色々と教えてくれた事も沢山ありました。
あとは移動の最中のビックバンドの方たちの旅慣れた雰囲気も、私にはこれがプロの世界なんだなと感じさせてくれました。

その後の演歌の仕事にも少しは自信が持てる様になった、私の思い出深い仕事でした。
  1. 2017/06/12(月) 21:57:03|
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千葉県千葉市在住

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